大学には何のために行くのか?

現代の大学の在り方はこれでいいのか?
もう一度大学を出る意味を考え直したと、日本や韓国の学歴社会を見ていて感じたと林先生が初耳学で話していました。

林先生の話によると、もともと大学と言うかたちが出来たのはヨーロッパの12世紀が起源とされているそうです。
その当時の大学は3つの学部が中心だったそうです。
(1)神学・・・キリスト教聖職者の養成 
(2)医学・・・医師の養成
(3)法学・・・法律の養成

神学は精神が弱って困っている人、医学は体が悪くて苦しんでいる人、法学は正義を侵されて困っている人、この人たちを救うには普通の人とは違った能力が必要だと感じた神が特別な能力を与えた一部の人に呼びかけ、そういう人たちが集まって勉強する場所が大学だったそうです。

つまり、神が呼びかけた勉強をしたい人が集まり勉強する場所が大学だったんですね。

ところが、日本も韓国も現在は、大学を出ていれば良いところに就職がしやすくなるなどの、就職するための目的で大学に行く人がほとんど、本来の大学の目的をもう一度再確認した方が良いのではないかと考えさせられると語っていました。

林先生の言っていることは本当に重要なことで、これは、大学を受験する学生や見守っている親御さんだけが再確認すればよいことではなく、高学歴の社員を採用しようとしている受け入れる側の企業こそが一番再確認してもらいたい。と私は感じる。

そして、もう一つ学ぶと言う事で番組で取り上げたニュースが、修行3か月の新人だらけの寿司店がミシュランガイド2017年に2年連続で掲載されたそうです。

そのお寿司屋さんは大阪・福島区にある「鮨 千陽」。

この店は、養成学校に3か月通っただけの新人が職人で、その店の大将も同じ養成学校の出身、しかも、別の大将に変わって2年連続でミシュランに掲載されました。

この店の出現により、すし屋の伝統である「飯炊き3年、握り8年」と修行を重んじる寿司業界に新しい流れが誕生し話題になりました。

この話題に対して、林先生もかつての中世ヨーロッパの学校も将来的に成りたい勉強をしたい人が集まるところで、親方、職人、徒弟がいる親方徒弟制だったそうです。

丁稚奉公をしながら仕事をみんなが覚えて行くので、先生が特別教えなくても、みんなが行う事を一緒にやっているうちに自然に仕事を覚えて行き、後継者が生まれていたそうです。

ところが、近代になるとみんなが学校に行くようになるので、様々な環境で育った生徒が学びに来るようになり、教える技術が重要になってきたそうです。

しかし、先ほど紹介した寿司屋のように、現代社会もついに職人が学校に行って学ぶ学校化の時代がやっときたのかと林先生は感じたそうです。

これからも、もっと増えそうなきがしますよね。